ootapaper

皇室関係の報道を集めて紹介しています。女性宮家に反対、男系男子継承絶対の立場です。

小室さん父、祖父の自殺の報道と、相続交渉に当たった飲食店店主

 小室さん父、祖父の自殺の報道と、相続交渉に当たった飲食店店主

 女性セブン2019年3月21日号で、小室さんは父、祖父だけでなく祖母も自殺だったということがわかりました。

改めて、小室さんの父、祖父について書かれているところと、女性セブンで自らを、

 私は昔暴力団に関係していたこともあり、そうした経歴が利用できると思って、近づいてきたんでしょう

と言っていた佳代さんの代わりに相続の交渉に当たったという飲食店店主について書かれているところをまとめてみました。

 

ちなみに、小室さんが最初にメディアに出た直後の週刊現代には、宮内庁は小室さんと密に連携を取り、発表のタイミングより前に情報が漏れないよう、万全の対策を立てていたと書かれています。

f:id:ootapaper:20190309185712p:plain
母・佳代さんの漢字がこのころは『佳与』になっています。
 

 

小室さんスクープ直後の2017年の記事 

 ⭕️週刊新潮2017年6月1日号
父、敏勝さんの自殺について初めて書かれた記事。

祖父については亡くなったとは書いているけれど、自殺とは書いていない。

圭さんがアルバイトをしていたというフランス料理店の店主が五井さんで、そのあとに出てくる「自宅近くの飲食店店主」が、佳代さん相続の話をし自分に代わっていってくれるように頼んだ店主だと思われる。

f:id:ootapaper:20190309152716p:plain

◾️一家をよく知る飲食店店主の話し

女性セブン2019年3月21日号暴力団に関係していたと話していた方)

 

一家をよく知る、自宅近くのある飲食店店主が言う。

「圭くんは小学校に上がる前から、お父さんとお母さんに連れられ、お父さんとお母さんに連れられ、私の店に来てくれていました」

父親は大学の理工系学部を卒業後、1988年に横浜市役所に採用され、以来、技官として勤務していた。

小室さんが生まれたのは91年10月。が、彼が小学校に入学して数年後、

「お父さんは体調を崩してしまい、一時期、藤沢市にあった実家に帰っていました。その後、再び自宅に戻って家族と住んでいたのですが・・」(同)

そして02年3月、佳代さんと小室さんが就寝中のことだった。

「佳代さんがいるには『突然、夫が1人で家から出て行った。悪い予感がしたので圭を連れて探しに行ったら、近くの河川敷で亡くなっていた』とのことでした。お父さんは、自ら命を絶ってしまったのです」(同)

 

「佳代さんは小室家との関係がこじれ、一時は連絡できないほどまで悪化しました。生活が苦しくなる中、藁にもすがる思いだったのでしょう。彼女は私に、先方との関係を修復する仲介役を頼んできました。親しくさせていただいていたので、私は『委任状』のような書類を持って、請われるまま親族の家に出向き、佳代さんに代わって話し合いの席に着いたこともありました」(先の飲食店主)

 

◾️市役所同僚の話し

横浜市役所の元同僚も、こう振り返る。

「小室さんは建築職吏員で入庁し、『みなとみらい21』の事業にも携わっていました。明るく声がよく通る男でしたが、亡くなる前は欠勤がちだったような記憶があります。職場では『なんであいつがこんなことに』と、皆悲しんでいた。通夜で会った息子さんはまだ小さく、彼が今回のお相手だとは全然知りませんでした」

葬儀では、現在横浜市の重職にある男性が弔辞を読み上げた。程なくその父、つまり小室さんの父方の祖父も失意のまま亡くなったという。

 

⭕️週刊現代2017年6月10日号
祖父も自殺を報じた記事

f:id:ootapaper:20190309163432p:plain

小室さんが東京・国立市にある音楽大学の付属小学校に通っていた10歳の時、父親・敏勝さんは亡くなっている。

~~

◾️小室家の知人が語る自殺直前の敏勝さんと父方実家

「住宅事業課で働いていた時のことですが、体調を崩してしまい、役所を休みがちになっていました。すると、02年3月に突然、亡くなってしまったんです。自ら命を絶ったと聞いています。まだ38歳の若さでした・・」(小室家の知人)

 

藤沢市にある敏勝さんの実家は、地元の大地主の分家にあたります。本家筋の小室家は豪邸で、親族全体でいくつもアパートや駐車場を所有しており、本来ならば圭さん一家も生活に困るようなことにはならなかったでしょう」(前出・知人)

 

◾️敏勝さんの親族が語る、祖父の死

敏勝さんの親族が語る。

「敏勝さんの父親も息子を失ったショックで、1週間ほど後、自ら死を選んだんです。圭さんは父親と祖父を早くに自殺で亡くし、祖母も病死していますから、父方の親族とはほとんど交流が亡くなったでしょうね。それでも圭さんのお母さんは息子さんを育て上げて立派だと思います」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

ここまでが婚約内定会見前の小室さんの父親、祖父に関する報道

以下は2018年2月6日の結婚延期が決定した後の報道。

ーーーーーーーーーーーーーーー 

⭕️週刊朝日2018年2月23日号
元飲食店店主、佳代さんに頼まれて相続の代理人をした後のことについて語る。

f:id:ootapaper:20190309133036p:plain

相続の交渉を頼まれた飲食店主、元婚約者の気持ちがわかると・・

 元婚約者と小室さんとの借金トラブルの報道を

「男性の気持ちは、よくわかります」

と冷ややかに見るのは、佳代さんの十数年来の知り合いというAさんだ。

Aさん派小室さんが幼い頃から購入があった。02年に小室さんの父親が亡くなった時も、佳代さんはAさんに、幾度となく涙を見せた。

「夫が亡くなってどうすればいいかわからない。生活も苦しい」

そのAさんは、食事をご馳走し、世話をした。さらに佳代さんはこうも訴えた。

「住む場所もなく、親が借りるアパートに転がり込んでいる。夫の実家とも連絡が取れない」

 Aさんは、小室さんの父親の後を追うように亡くなった祖父の遺産相続の交渉を無償で引き受け、交渉相手に手土産なども用意するほど手厚く応じた。交渉はスムーズに運んだが、ことが済むと佳代さんは見知らぬ男性と、Aさんの元を訪ねてきた。お礼です、と茶封筒を差し出し、「遺産交渉から手を引いてほしい」と告げた。

「こちらの親切心を利用されたようで、悔しい思いだけが残りました」

それから15年余、連絡も取っていない。しかし、眞子さまとの婚約報道で、「住む場所がない」と涙ながらに訴えていたはずの佳代さんが、当時から小室さんの父親が残したマンションに住んでいた、と知った。

 

f:id:ootapaper:20190309133530p:plain

 

⭕️週刊文春2018年5月3・10日号
 父・敏勝さん、祖父・善吉さんの自殺についてと、
相続交渉の代理人を務めた飲食店店主について

f:id:ootapaper:20190309130722p:plain

当時の圭さんの父・敏勝さんの様子

一体、なぜ敏勝さんは自殺したのか。

敏勝さんは当時、横浜市役員の職員だった。

八八年に明治大学理工学部建築学科を卒業し、最初は瀬谷区建築課に配属された。

 

入庁早々、同期数名と共に「都市活性化の核となる文化施策」と題する論文を執筆。横浜を東京に負けない魅力ある都市にするために、<音楽に焦点を当て、その魅力を生かした幾つかの施策>を提言していた。

その後、九二年に都市整備局都市デザイン室へ異動。その六年後には当時、造成中だった「みなとみらい21」推進部計画推進課に配属されている。

 

都市デザイン室時代の同僚が語る自殺前の敏勝さんの職場環境

横浜市は田村明というカリスマ的な地域政策プランナーを招き、都市デザインを任せていた。小室さんはその流れをくむ部署でのびのびと仕事をしていました。やりがいがありましたし、持ち前のクリエイティビティを活かせる場だったんだと思います。その後に、異動した『みなとみらい21』推進部も、市が力を入れていた花形部署でした」

 

しかしその二年後、住宅事業化に異動すると職場環境は一変する。

 

市営住宅の建て替えを担当する部署ですが、厳しい職場として有名でした。市営住宅には、帝都職者や高齢者も多く住んでいる。その人たちに立ち退きを促したり、その後の身の振り方の世話をしなければなりません。つらい人の生活を受け止めないといけない仕事。その最前線で交渉する職員のストレスは大きかった。

小室さんは重責に耐えかねたのか、やがて病気になり、仕事も休みがちになってしまいました。そして間も無く亡くなっています。当時、職場では敏勝さんの市は病気によるものと、自殺の事実は伏せられていました」(同前)

 

同じマンションの住人が語る自殺直前の会話

プライベートでも問題を抱えていたと同じマンションに住んでいた住民が語る。

「亡くなる一、二年前の管理組合の会合の帰り道に、敏勝さんが『僕も色々と大変なんですよ。八王子に二世帯住宅をたてようと思っているんですが、うまくいかなくてね』と溜息混じりでした。その様子から、資金繰りに困っているようにも見えませした。ただ、詳しいことはわかりません。結局、敏勝さんと会ったのはそれが最後になってしまいましたから」

 

圭さんの自宅からほど近く場所にある喫茶店のマスターの話し

女性セブン2019年3月21日号暴力団に関係していたと話していた方)が聞いた敏勝さんの自殺

 

◾️最初は家族ぐるみの付き合い

佳代さんはこの店の名物のケーキが好きで一時期通っていたという。

佳代さんがお店の紹介文を地元情報誌に投稿してくれたこともあった。佳代さんは話好き、敏勝さんは寡黙な印象。メニューもいつも佳代さんが決めていた。

家族ぐるみの付き合いはしばらく続いた。

 

◾️敏勝さん自殺後に駆け込んできた佳代さん

ある日、佳代さんが血相を変えて突然店に入ってきた。

「お父さん(敏勝さん)が首を吊って自殺した!」

動揺する佳代さんからマスターは事情を聞いた。

「その晩、佳代さんと圭くんが寝ている時に、バタッと大きな音がしたので起き上がると、敏勝さんが玄関から出て行くのが見えたそうです。佳代さんは、しばらくウトウトしていたそうですが、ハッとして圭くんを抱きかかえて、後を追った。しかしすでに手遅れで、敏勝さんは近所の川辺で首を吊っていたというから驚ききました」(同前)

敏勝さんの死の直後、佳代さんは幼い圭さんを連れて毎日のように、前述の喫茶店を訪れていた。

 

◾️マスターが佳代さんから聞いた敏勝さんの自殺直前の様子

マスターが語る。

「佳代さんは閉店した後も店に残って、泣きじゃくっていた。敏勝さんを亡くして、今後どう生活していけばいいのか、途方に暮れているようでした。不憫で見ていられなかった。夜遅くまでいて、寝てしまった圭くんを家にまで送ってあげたこともあります」

佳代さんと小室家との間に決定的な亀裂が生じたのは、この頃だった。

「実は、敏勝さんは体調を崩してから、一時期、両親の住む藤沢の実家に帰って療養していたそうなんです。しかし、それを佳代さんが無理矢理、自宅に連れ戻した。

敏勝さんが自殺したのはそれからすぐのことでした。それで、親戚から『あなたが殺したようなものだ』と責められたそうです。佳代さんは私にそう話すと、泣き崩れました」(同前)

 

◾️マスターが佳代さんから聞いた敏勝さんの父、善吉さんの自殺

さらに悲劇は続く。

「佳代さんが『今度は藤沢のお義父さん(善吉さん)が亡くなった』と。もう唖然としていた。息子の敏勝さんの死を気に病んで、一週間後に後追い自殺してしまったそうなんです」

以来、佳代さんと藤沢の小室家の親族との連絡は途絶えた。

 

f:id:ootapaper:20190309182908p:plain

◾️佳代さんから相続の代理人として話し合いに行ってくれないかと頼まれる

それからしばらくして佳代さんはマスターにこんな相談を持ちかけている。

「実は、亡くなった善吉さんの遺産があり、圭くんの相続分があるはずなのに、小室家とは連絡が取れないし、弁護士を雇うお金もない。ついては自分たちの代理人として話し合いに行ってくれないか、というものでした。

私は佳代さんがかわいそうだったので、引き受けました。委任状を持って実家を尋ねると、敏勝さんのお母さんと、弟さんと思しき人が出迎えてくれた。予想とは違ってお茶も出してくれ、終始穏やかなムードで話し合いは進みました」

 

 

 ーーーーーー

 

わずかな間に父、祖父、祖母まで自殺、この情報が先に出ていても、婚約内定会見はしたでしょうか。

昨年の2月に延期じゃなくて破談にしたのではないでしょうか。

女性皇族のお相手は宮内庁はそれほど調べないと言っていますが、5年もあったのです。

秋篠宮様が調べなくてもいいと言っても、そこは皇室のために調べるべきだったのではないでしょうか。

下は2018年の週刊文春2月8日号、延期発表の直前の会見の様子が書かれたものです。

f:id:ootapaper:20190309192959p:plain

内親王のお相手について、基本的には2人の問題、ご両家の問題と言っています。

今も本当に眺めているだけの宮内庁

ですが、それによって損なわれるのは日本の皇室の権威とか神格とかですよ。

こんな考えでいいのでしょうか。