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皇室関係の報道を集めて紹介しています。女性宮家に反対、男系男子継承絶対の立場です。

美智子さまと雅子さまの間に25年の嫁姑戦争があったという<週刊現代> 

美智子さま雅子さまの間に25年の嫁姑戦争があったという
週刊現代> 

 

 週刊現代2018年10月27日号

美智子皇后と雅子妃
「嫁姑25年戦争」が終わった日。

勝った?ものすごく明るくなった雅子さま いったい何があったのか

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 皇后と雅子さまの25年間にわかる確執、それが解けたのは、

↓の週刊新潮に書かれた記事を否定しに、皇后がわざわざ雅子さまの元へ足を運ばれた時からなのだという。

 

 “これからは秋篠宮日をよろしくーー”「美智子皇后」の「雅子妃」諦念

https://www.dailyshincho.jp/article/2018/02130800/?all=1&page=3

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皇后さまは、ご自身の続けてこられたお仕事をすべて雅子妃殿下に引き継がせるのは困難だと理解なさっています。そこで、いわば『両妃で1人の皇后』といった工夫を用いることで、お仕事を継承なさっていこうとお考えなのです」

 実際に、その動きはとみに顕在化していると言い、

「チャリティーコンサートや文化事業の催しなどの折、そうした行事の主催者に対して皇后さまは『これからは秋篠宮妃をよろしくね』と、積極的にお声を掛けられています」(同)

 

 

上の記事を完全に否定したのが女性セブン↓。

 

美智子さま雅子さまになんとしても会いに行った決意の日

女性セブン2018年2月22日号

http://blogos.com/article/276651/

記録的な大雪から日も浅い2月1日、都心は再び厳しい寒さに覆われていた。冷たい雨が雪に変わろうかという夜8時過ぎ、皇居・半蔵門から白バイに先導された車列が滑り出した。警護車両に続いてゆっくりと進む車の後部座席で、美智子さまは口を真一文字に結ばれ、真っすぐ正面を見据えられていた。美智子さまがいつも私たちに向けられる柔和な面持ちとは違う、厳しい表情。車列はそのまま、東宮御所正門を通って赤坂御用地内へと消えていった。

〜略〜

 きっかけはご自身と、次の皇后を担う雅子さま、そして紀子さまに関する報道だった。

霞が関を「紀子妃」に走らせた「美智子皇后」の「雅子妃」諦念》

 その日発売された『週刊新潮』にそんな見出しが躍った。記事を要約すると、美智子さまは長年療養生活を続ける雅子さまに、宮中祭祀園遊会戦没者追悼式といった「皇后としてどうしても天皇と並ばねばならないお務め」だけを果たしてもらい、福祉や文化事業、教育関連の行事へのご出席は紀子さまに引き継いでほしいと明確に意志を示された、という。紀子さまに「皇后教育」を施すため、文部科学省厚生労働省の官僚などが、美智子さまの手配で説明に上がっているともあった。

 また、昨年12月に皇太子ご夫妻が出席された「障害者週間」の表彰式で、障害のある弟をもつ小学2年生の女子児童の作文に涙ぐまれた雅子さまに、「感情の表しすぎには気をつけましょう」と指導されたとも記されていた。

雅子さまに失格の烙印を押し、紀子さまが皇后にふさわしい、と美智子さまがお考えになっているとも読めるショッキングな内容に、宮内庁の幹部も憤りを禁じ得ない様子でした。皇太子さまの即位は決定事項であり、当然、皇后には雅子さまがなられます。皇室関連報道をくまなくチェックされている美智子さまが、新皇后に水を差す報道に大変困惑され、怒りの感情を抱かれたことは容易に想像できます」(別の宮内庁関係者) 

美智子さま「皇族観が相容れない」 紀子さまに不信感も

※女性セブン2018年5月3日号

https://www.news-postseven.com/archives/20180421_668207.html?PAGE=2

こちらの記事↑にも同じようなことが書かれている 。

今週号の週刊現代は、 その2月1日の皇后さまと雅子さまの会話を具体的に書いている
「あんな記事が出てしまいましたが、気になさらないでね」雅子妃と向き合った美智子皇后は、言葉を選びながら、雅子さまをこう慎重にいたわったという。

「あなたが、次の皇后なのですから」

 週刊現代の記事は、見てきたかのような会話を入れるスタイルが多いですね。

そして、この会話により、雅子さま美智子皇后との25年の「戦争」の終わりを実感し、以来、これまで見たこともないくらいの明るさを見せはじめたのだという。

その変化として、マスコミ嫌いで知られる雅子さまが、16年ぶりに静養先での取材に対応されたり、公務も続々と増えている事などを挙げている。

もう一つ、週刊新潮に書かれた話し、「皇后が、『公務では涙を見せないように』という『ご指導』を雅子妃に対して行った・・・」、も事実ではなく、美智子さまは、実はこの話を聞いたとき、深く感動されたほどなのだという事も書かれている。

 

さらに、雅子さま香淳皇后の葬儀を欠席されたことを「皇太后葬儀事件」として、その真相を書いている。

「`00年6月、皇太后香淳皇后昭和天皇の皇后)が97歳で崩御しました。葬儀の日まで連日行われる行事での作法について、雅子さまは皇后さまから助言を受けていたのですが、このやりとりを『ご叱責』だと感じたと言われてます。その結果、雅子さまは7月の葬儀をドタキャン欠席されたのです」(宮内庁関係者)

確か「夏バテのようなもの」で欠席されたと当時、書かれていたと記憶していますが、実はその陰に美智子さまとの“何か”があったという事でしょうか。

これを皮切りに雅子さまは公務欠席が度重なり、`03年には帯状疱疹に、`04年には適応障害で長期間静養が公表され、同じ年の皇太子さまの「人格否定発言」に続いている。

雅子さまはすっかり心を閉ざされるようになり、天皇陛下への定例のご参内もなくなりました。メディアでの批判は強まる一方でした。当時は、週刊誌などで雅子さまよりの記事が出ると、皇后陛下侍従職経由で、間接的に雅子さまに問い質されるようなこともあったのです」(同)

 “雅子さまよりの記事が出ると皇后が間接的に雅子さまに問い質される”

現代の記事で一番びっくりしたのは、この箇所でしょうか。

当時、それほど注意して週刊誌を読んでいたわけではないですが、それでも「雅子さまよりの記事」はあまり記憶にありません。

それよりも、雅子さまにはかなり批判的な記事が多かったように覚えています。

そちらについては野放しだったのに、雅子さまよりの記事には皇后が目を光らせていたのかと思うとちょっと、怖いものを感じてしまいます。

今現在も、皇后さまについて書かれた記事については細かく訂正が入るのに、雅子さま紀子さまについては全く訂正が入った事はありません。

香淳皇后美智子さまをいじめていたような記事がたくさん出ましたが、香淳皇后が週刊誌の記事について何かをおっしゃった記憶がありません。

そうなると、週刊誌の記事にものを言えるのは美智子さまだけーという事でしょうか。

雅子さまのご病気の根本的なところには、美智子皇后との不健在な関係があったように思えます。一般的な家庭の嫁・姑の戦いとは違い、皇室という組織の中では両者の上下関係は明確です。企業といえば、天皇は社長、皇后は副社長、雅子さまは平取といった感じです。序列の中では、関係がこじれると息苦しい」(宮内庁クラブデスク)

 この当時は、「常に皇后さまをお手本に」を心がける紀子さまの方が天皇皇后共に親密な関係を築いていたという。

その理由には、孫との関係もあると。

「愛子さまより先に眞子さま、佳子さまがお生まれになり、皇后さまも紀子さまとの関係が緊密になっていった。さらにお世継ぎとなる悠仁さまの誕生で、皇后さまからすれば、秋篠宮家に関係の比重がかかったのは、仕方がない部分であった」(侍従職関係者)

 雅子さまに転機が訪れるのは天皇生前退位が報じられた`16年7月のこと。

「皇后になるという自覚が芽生えたのでしょう。この頃から、主治医の大野裕医師が減り、何事も雅子さが自分で動かれ、公務の行き先の決定も、実に主体的になりましたね。それは、『上司』である皇后さまの顔色を、もう伺わなくてもいいという自信ゆえだったはずです」(別の宮内庁関係者) 

 次期皇后であるという事は、もはや、ただの嫁ではなく、「嫁姑戦争」の勝利を手にしたと言ってもいいかもしれないと現代は書いてます。

その上で、2月1日の皇后と雅子さまの和解には、眞子さまと小室さんの結婚延期問題も影響しており、雅子さまの立場からすればプラスに働いたのだとも。

秋篠宮家で、これほど大きな問題が起きてしまったことに、皇后陛下は非常に心を痛めておられる。秋篠宮さまは皇位継承順位2位、悠仁さまは3位です。その家で、皇室の品位を落としかねない問題が起こり、今も解決が不能な状態に陥っていることに対し、皇后陛下は苛立っておられる」(元・宮内庁職員)

〜略〜

「これまで、報道はずっと雅子さま批判と、愛子さま批判だったのが、矛先が秋篠宮家に向かっていった。東宮にとっては、代替わりを平穏に行うため、好都合なのです」(同)

小室さん問題で皇室の品位を落としかねない問題が起こり、皇后は苛立っておられるーとありますが、この結婚を裁可したのは天皇陛下

借金問題こそ、まだ9月の裁可の時には報道されていなかったとはいえ、小室さんの自殺した父・祖父のことや、小室さんの家の不自然なお金の流れ、何よりも小室さんがフリーターであることは公開された後の裁可でした。

眞子さま紀子さまに反対され、葉山御用邸で静養中の皇后に直談判したという記事も出ています。

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この記事に訂正は入っていません。

そうなると秋篠宮家“だけ”が悪いというのも少し違うのではないでしょうか。

まして、まだ天皇は裁可を取り消していないのです。

 

現代の記事に戻って、

5月16日、15年ぶりに全国赤十字大会に出席された雅子さま。その式典の最後に、

「皇后さまは、壇上に居並ぶ皇族方のなかで、わざわざ雅子さまに手を差し伸べ、前に出るように促したのです。『来年からは、こちらが名誉総裁です』と紹介しているように見えました」(出席者)

 この事は雅子さまをいたく感動させたのだという。

 

記事最後は、

雅子さまは)頑張りすぎて疲れが出た時には、気弱になって沈み込まれることが今でもよくあるようです。だから周囲の女官たちも、いかに調子の良さを代替わりまでキープしていくかを気にかけている。

しかし、皇室外交に踏み込むのが、外交官出身の雅子さまの悲願です。ここから本調子だと思いますね」

雅子さまの知人)

〜略〜

桎梏から解き放たれた時、どんな姿が見られるのか、楽しみに待ちたい。

 

 雅子さまの悲願が皇室外交ー、これはどういう意味で、何をなさりたいのでしょうか。

そこも突っ込んで書いてほしかった。

 

祭祀については、こんな記事も出ていました。

同じ2月1日に話し合われたことのようです。

 

美智子さまが取り払った「新皇后」雅子さま心の重圧

https://jisin.jp/domestic/1623640/

〜略〜

 

 

「2月1日の夜でしたが、美智子さまがおひとりで東宮御所に入られるのはあまりないことです。ご自身がこれからの祭祀に出席されるかどうか、また雅子さまが今後どうされるかなども相談されたのでしょう」

 

雅子さまは、長期ご療養に入られて以降14年間で、宮中祭祀へのご出席は2回のみ。新皇后となられる雅子さまにとって、宮中祭祀が大きなハードルという見方も根強い。そんな中、異例ともいえる美智子さまのご欠席発表は、雅子さまの「心の重圧」を取り払うことになる――。そう語るのは立教大学教授で精神科医香山リカさんだ。

 

「以前の雅子さまは、予定されたお務めにひとつでもできないものがあると、落ち込んでしまわれることが多かった。そうした雅子さまに向けた、『私も、宮中祭祀はもう無理をしません。あなたも無理せずに……』という美智子さまからのメッセージでもあったのでしょう。皇后のお務めも、完璧を求めなくていい――。美智子さまの異例の発表のおかげで、雅子さまもそう考え、さらに前向きになれるはずです」

 

 そして、今年の祭祀は全部欠席されています。

 

来年の御代がわりから、どういう皇室になるのでしょうか。

雅子さまが悲願とされる皇室外交がどういうものなのか、祭祀はどうなるのか、秋篠宮家の眞子さまと小室さんの結婚が本当にかなってしまったら、愛子天皇を望む声は高まってくるのではないでしょうか。

愛子天皇の後は必ず、愛子さまのお子様を天皇にーとなるはずで、そうなると女系天皇のはじまりです。

譲位後の上皇上皇后の動きも気になります。