ootapaper

皇室関係の報道を集めて紹介しています。女性宮家に反対、男系男子継承絶対の立場です。

<勝手に妄想>女性宮家を阻止する不思議な力

<勝手に妄想>女性宮家を阻止する不思議な力

 

大嘗祭「公費支出避けるべきでは」秋篠宮さまが懸念

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180825-00000004-mai-soci

昨日のブログにいただいたコメントを読んでいると、やはり秋篠宮様が変だと感じるのが自然ですよね。

国民が文句をつけているわけでも、政治家の誰かが問題にしているわけでもない、ましてや今上陛下の時に宮廷費を入れることで結論が出ているのに、おかしいのです。

小室さんのことで秋篠宮家へのバッシングがひどい中、なぜこんなことを言い出すのかと、別の意味を探してみましたが、やはり変だという結論しかありません。

 

最近、「GHQの日本人自らが100年かけて皇室を潰すしかけ」の核心は、皇族方を洗脳して、大御心を無くし、個人主義を植え付け、さらにGHQ憲法の信者にしてしまうことだったのではないかと思うようになりました。

天皇の御存在は「国民の意思に基づく」と憲法に書いたからといって、そもそも敗戦しても日本人は天皇陛下を必要としたのです。

その日本人が、皇室をいらないと思うとしたら、それは天皇、皇族方のほうが、変わってしまった場合しか考えられないのです。

 

竹田恒泰氏によると、大御心というのは歴代天皇が共通して持ってきた考え、もってきたお心で、たとえば男系男子の皇統を守るとか、民を宝とするお心などがそれであると。

そうなると、女性宮家を作り女系天皇を画策している今の陛下には大御心がないということになってしまうのです。(竹田恒泰氏は陛下が女性宮家を望まれていることを頑として認めませんが・・)

 

女性宮家を阻止する不思議な力 

週刊誌では両陛下の悲願と書かれている女性宮家ですが、それが実現に向けて動き出したのは、2004年の小泉政権の時からでした。

もっとも当時はまだ悠仁さまがお生まれになっておらず、女性宮家ではなく、愛子さまを天皇にし、そこから皇位継承を直系長子へ変えていくという、女系天皇の容認でした。

ただ、この時から不思議な力で女系につながる女性天皇女性宮家の計画はなんども実現しそうになりながら、排除されているのです。

 

それを、年表にして説明したいと思います。

 

2001年12月 愛子さま誕生。

 

2003年6月10日 湯浅長官「皇太子ご夫妻に二人目を期待」と発言

湯浅宮内庁長官、10日の定例記者会見で、皇太子ご夫妻の第2子への期待について

「やはりもう一人ほしい」「多くの国民もそう考えているのではないか」と述べた。

(この年は12月には雅子さまが40歳の誕生日を迎えられる年でした。)

 

2003年12月11日 湯浅利夫宮内庁長官 「秋篠宮家に第三子を強く希望」

「皇室の繁栄を考えた場合、秋篠宮さまのお考えはあると思うが、3人目のお子さまを強く希望したい。多くの国民は歓迎してくれるのではないか」と発言

 

 2003年12月12日 「雅子さまの長期療養が発表される」

当時、すでに体調不良を理由に公務を休みがちだった雅子さまが、長官の発言の翌日に、改めて長期療養を発表される。

 

2004年5月 皇太子さま、人格否定発言

徳仁親王が欧州歴訪前の記者会見で「外交官の仕事を断念して皇室に入り、国際親善が皇太子妃の大切な役目と思いながらも、外国訪問がなかなか許されなかったことに大変苦労していました。雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と発言。

 

 

2004年12月 「皇族の減少から、皇室典範に関する有識者会議を開くことが決定」

小泉政権時、男性皇族が40年誕生していないため、若い男性皇族が不足し、皇位継承に支障を来たす恐れがあることから皇室典範に関する有識者会議が開かれることになる。

 

2005年4月

湯浅長官依願退職

 

🔴1回目、最大の危機!

2005年 皇室有識者会議、1月から17回会議を開き、2005年11月24日には最終報告書ができあがる。

皇位継承について女性天皇女系天皇の容認、長子優先を柱とした報告書を提出」

 

これに賛成したのは朝日、毎日、読売新聞

懸念と書いたのは、産経新聞

明確に反対したの寛仁親王(が、当時宮内庁長官だった羽毛田氏は寛仁親王へ発言の自粛を要請した)

 

この時のことを櫻井よしこさんは2005年12月3日のブログで、このように書いている。

女系天皇容認案の矛盾と危険 日本文明無視の一方的結論とその手法は、第二のGHQだ」

GHQでさえ手をつけることを憚った天皇制の本質に、10人(皇室会議のメンバー)の“賢者”は手をつけたことになる。天皇制を天皇制ならしめてきた血筋の純粋性に踏み込み、異質のものに変えようという今回の結論を導き出した人びとは、吉川座長が「私たちは歴史観や国家観で案を作ったのではない」と述べたように、日本の歴史も文明も振り返ることなく、また、それらへの愛情も理解も反映させることなく、日本文明の核である天皇制のあり方に手を入れたことになる。

その意味で有識者会議は、日本文明をばっさり切り捨てて現行憲法を押し付けた、あのGHQと同じである。

〜略〜

男系天皇制維持に、先人たちは工夫を重ねた。私たちは歴史に学び、有識者会議の結論を白紙に戻し、より深く天皇制を論じるべきだ。第二のGHQによる日本変革を許してはならない。

https://yoshiko-sakurai.jp/2005/12/03/444

 

2006年2月10日 紀子さまが懐妊と報道される

与党内で慎重論が強まり、皇室典範改正(長子継承、女性、女系天皇容認)法案の提出を先送りになる。

 

🔴1回目の危機を回避!

2006年9月6日 悠仁さま誕生

法案提出は完全になくなる。

小泉首相2006年(平成18年)210日、紀子の懐妊の報により与党内で慎重論が強まったことを受けて、皇室典範改正法案の提出を先送りすることを発表し、悠仁親王誕生当日の96日には2007年の通常国会でも法案の提出を行わない意向を示した。

皇室典範に関する有識者会議 - Wikipedia

 

 2006年9月半ば 美智子さま「やはり皇太子に皇統を継がせたい」

悠仁さま誕生直後、『「やはり、皇太子に皇統を継がせたい」と漏らされた美智子皇后のご心痛』週刊新潮から。

f:id:ootapaper:20180820022049p:plain

この目次は安部総理誕生も一緒に伝えています。この頃から、女系につながる動きがあるたびに、安部総理の存在がでてきます。

小泉の後任となった安倍は首相就任後の2006年(平成18年)103日、

参議院本会議において「慎重に冷静に、国民の賛同が得られるように議論を重ねる必要がある」と発言し、有識者会議が初会合から短期間で女系継承容認の報告書をまとめたことを批判した。

皇室典範に関する有識者会議 - Wikipedia

 

陛下の元侍従長からの女性宮家を希望する発言

平成8年(1996)年から平成19(2007)年まで陛下の侍従長をされていた渡辺充氏。この方は2011年12月15日週刊朝日で、次のように話しています。

私は、女性皇族に結婚後も皇族として残っていただき、悠仁さまを支えていただくようにする必要があると考えています。

 岩井:そうなると、「なし崩しで女性・女系を認めるのか」と反発する人も出てきそうです。

 渡辺:いえ、皇位継承の問題は、次の世代に委ねることにして手をつけず、当面の措置だけをとるという考えです。

 岩井:長年、陛下にお仕えした前侍従長の渡辺さんがおっしゃるということは、陛下もそうしたお気持ちということなのでしょうか。

 渡辺:これは、あくまでも私の個人的な考えです。

https://dot.asahi.com/wa/2012092600476.html

 今では女性宮家は両陛下の願いだということは隠しようがなくなっていますし、宮内庁の方も隠すつもりもないようです。

この記事でわかることは、すでに2011年ごろから、元侍従長が一生懸命両陛下の願いを国民に訴えていたことです。

 

ところで悠仁さま誕生には、湯浅長官の「秋篠宮家に第3子を望む」とマスコミの前で発言されたことが大きかったと思います。

当時はなぜ、うちうちで伝えればいいことを、マスコミの前で話したのだろうかと不思議だったのですが、両陛下が愛子天皇を望んでいたのだとしたら、世論を味方につけなければ男系男子の系統が断絶しかねない状況だったのかもしれません。

一部には、紀子さま美智子さまから雅子さまに配慮して出産を控えるように言われていたという噂もあります。

コメント欄から、以下の情報をいただきました。産児制限は事実のようです。

当時の朝日新聞にて岩井記者署名の上、「紀子妃殿下は『とある皇族』から『出産はご遠慮申し上げるように』と言われ、悲しみで枕をぬらした」という、かなり具体的な描写つきの記事があります。 国会図書館ででも、当時の新聞を検索したら出てくる記事ではないかと。その後にも岩井記者は、「(産児制限をかけたのは)陛下ですか?」との問いに「恐らく」と、答えています。

 

美智子さまに忠実な秋篠宮家がこれに逆らうわけにはいかないので、それをはねのけるためにも湯浅長官の発言は悠仁さま誕生に大きく貢献していると思えます。また、この時期にこのような長官がいたということも奇跡のような気がします。

 

🔴2回目の危機、2011年、女性宮家「火急の案件」として野田総理

そして次の危機が来ます。

2011 105日 羽毛田信吾宮内庁長官が(野田)首相を訪ね、女性宮家創設を「火急の案件」として、再び要請。

 

201216日 「女性宮家」検討本格化へ、参与 園部元最高裁判事を起用 

 

201231日 「女性宮家有識者ヒアリング始まる。 

 

この時の「皇室制度に関する有識者ヒアリング」に出席された櫻井よしこさんのブログを読むと、かなり危険度が高かったことがわかります。

「 官邸でヒアリング『女性宮家』への私の問題意識 」 | 櫻井よしこ オフィシャルサイト

1回目と2回目のヒアリングで意見を述べた4氏が全て女性宮家賛成派で、3回目の私と日大法学部教授の百地章氏が初めての反対意見、次の4回目のヒアリングではまたもや女系天皇推進派の笠原英彦慶応大学教授らが意見陳述する。

加えて野田政権のこの問題への取り組みは、女系天皇女性宮家を提言した小泉政権時の有識者会議の報告書を前提にすることになっている。さらに、女系天皇論の中心人物であり右の報告書をまとめた園部逸夫最高裁判事は今回、内閣官房参与としてヒアリングを主催する側である。

  

2012年5月21日 官邸で政府の5回目の有識者ヒアリング 
 
2012年 6月 眞子さまICU内で行われた留学説明会で小室さんと出会う(婚約内定会見での説明)
 
2012年8月 眞子さま小室さん両家に紹介、親公認のお付き合いに。
 
2012年  9月 眞子様エディンバラ大学留学
 
◾️2012年9月26日 自民総裁に安倍氏 決選で石破氏を逆転
この時、石破さんが選ばれていれば、政権交代自民党が与党になっても、野田さんの女性宮家法案がそのまま通っていたかもしれません。

1回目の投票で2位だった安倍晋三元首相が石破茂政調会長を破って勝利した。2位候補の逆転は56年ぶりで、安倍氏2007年以来、5年ぶり2度目の就任となる。

https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2601D_W2A920C1000000/

 
女性宮家野田総理、論点整理発表
2012年  10月5日  野田内閣、女性宮家内親王に限定 2案併記、論点整理を発表 
自民党総裁が安倍さんに変わってもまだ与党は民主党
野田さんは着々と女性宮家法案をまとめていました。
 
この時の女性宮家法案について2012年、櫻井よしこさんは、以下のように書いています。

野田政権の女性宮家問題の議論を振りかえれば、この政権には皇室典範改正を担う資格がないことを痛感する。野田政権の設定した議論の大前提は、女性宮家問題を皇位継承問題と切り離すということだった。だが、両者は切り離せない。女性宮家創設は必ず、女系天皇輩出につながり、男系天皇の長い伝統を断ち切る結果になるだろう。そのことに目をつぶる議論自体がおかしく、その議論に乗る首相は男系天皇の伝統を守る気がないと言われても仕方がないだろう。

そのうえ今回の論点捏造である。結論ありきの議論を容認する野田首相にこれ以上、皇室典範改正問題を任すわけにはいかない。国政も任すことは出来ない。

野田首相に望みたい。せめて、12人の陳述意見を正しく反映させた論点整理を指示すること、それ以上のことには一切、手を触れず、一日も早く退陣することである。

「 野田政権、女性宮家問題で暴走の予兆 」 | 櫻井よしこ オフィシャルサイト

 

党首討論>2012年11月14日 民主党野田総理vs安倍自民党総裁 <解散の約束>
 
党首討論で、野田総理「16日に解散します。やりましょう」と解散総選挙が決まる!
 2016年11月16日解散へ。
この時、解散せずに粘ることもできたのです。が、野田総理は「やりましょう」と解散に出たために、女性宮家法案も結論が出ぬまま宙に浮きました。
 
🔴<自民圧勝>2回目の危機も回避!

2012年 12月26日 自民党安倍内閣へ、政権交代女性宮家創設議論は立ち消え

自民党は294議席獲得し、民主党から自民党政権交代
野田政権でまとめられていた女性宮家案は全て白紙に戻された。
 
🔴3度目の危機! 2017年、眞子さま婚約準備中で、特例法付帯決議に女性宮家創設が明記

2016年8月8日  陛下お気持ち表明 「生前退位」にじませる

2017421日 「退位」有識者会議が最終報告 首相に提出

2017426日 衆参議長ら「退位」法案骨子を与野党に提示

2017510日 陛下の退位特例法案の要綱 政府が示す

これらの法案には、女性宮家の文言は一切なかった。

これに対する焦りで、急遽、皇族側からNHKを通して小室さんをリークさせたと新潮は伝えている。

2017年5月16日 NHK眞子さまが婚約準備中、お相手は小室圭さんと速報。 

2017年5月17日  小室さん勤務先で単独会見。

日蓮舫、野田元総理が皇族の減少に対処するため女性宮家創設を特例法に入れろと会見

テレビも同調、皇族が減ってしまう、女性宮家が必要とあおる。

2017519日 天皇退位の特例法案、閣議決定

2017526日 与党退位付帯決議案「女性宮家」見送り 自民党が頑張る!

2017年5月29日 民主党蓮舫、野田元総理、退位特例法の付帯決議に、女性宮家創設を入れないと審議拒否すると訴える

2017531日 付帯決議案に「女性宮家創設検討」盛り込む

女性宮家創設の検討は付帯決議に明記され、検討開始は新天皇即位後(直ちにという民主党案を回避)になる。

2017年6月2日 眞子さまブータン訪問 連日(小室さんの情報を挟みながら)報道される

女性宮家推進派は、「本当に皇族の減少という問題に取り組むのなら、安倍総理眞子さまを初の女性宮家の当主にするよう法案を急ぐべきだ」という人もいた(高森明勅氏)。

同時にこの頃から週刊誌が、小室さんのチグハグな経歴、父、祖父の自殺、小室さんと女性たちとの写真などをどんどん掲載。

女性宮家創設に向けた世論は全く盛り上がらなかった。

 

 眞子さまが小室さんと出会われたのは、2012年6月。

羽毛田信吾宮内庁長官が(野田)首相を訪ね、女性宮家創設を「火急の案件」として、再び女性宮家を要請したのは、2011年10月。

2012年1月からは女性宮家に向けて有識者会議が開かれ、着々と女性宮家が実現に向けて動いていた時期だ。

この時系列を見て、小室さんが女性宮家狙いで眞子さまに近づいたと考えることもできるけれど、逆に、女性宮家が実現しそうだからと、“ある存在”が小室さんを眞子さまに近づけさせたということも考えられないだろうか。

小室さんがテレビに出てきた時、多くの人がなんとも言えない胡散臭さを感じて、ざわざわしていた人も多かったはずだ。

お祝いムードのテレビとは裏腹に、5CHでは、最初から「何やってる人?」「フリーター?」「スーツの着方も知らないのに(背広のボタンを全止めしていたため)本当に銀行に勤めてたのか?」「母親が胸の谷間を見せながら挨拶とかありえない」とネガティブな書き込みばかり。

そこに週刊誌が小室さんの情報を報道し始めると、「雑踏の中で適当に石を投げてもここまでの事故物件に合う確率は低い」とまで言われていました。

 

眞子さまの最初の彼

眞子さまは小室さんの前に山守さんという方と付き合っていました。

「眞子さま 山守」の画像検索結果

この写真はスキー部の201012月の合宿時にとられた写真で、彼のブログから流出し、騒動になったのは2011年の眞子さま20歳の誕生日の少し前。

誕生日会見で、眞子さまは『成年としてふさわしい行動を心掛けたい』と話されました。

 これが現在の山守さんなのだという。

ご両親は医師で、かなり裕福なおうちだそう。

騒動発覚後は、このご両親が「畏れ多い」と別れるように説得したといいます。

ICU卒業後は、政府系の金融機関、日本政策投資銀行に就職。

その後、同じ国際キリスト教大学の先輩でもある平田オリザさんの劇団に入団。

2015年には、慶應義塾大学大学院に入学。(出身大学よりもレベルの高い大学院に入るのは相当に優秀でないと無理だという)

そこから世界ビジネススクールのトップ、ESSECビジネススクールに入り、派遣生としてフランス・パリに留学。経営者用のMBAの取得を目指していたというところまでがネット情報。

小室さんがあまりに期待はずれであったせいか、山守さんの方がまだよかったと、山守さんの経歴について改めて検索する人が多かったと思います。

 

もう一度繰り返すと、山守さんが眞子さまとの写真(2010年のもの)を自らブログに載せ、それが発覚して騒動になったのは、眞子さまの2011年10月23日の二十歳の誕生日の少し前でした。

2011年10月といえば、 羽毛田信吾宮内庁長官野田首相を訪ね、女性宮家創設を「火急の案件」として、再び要請した月です(10月5日)

この時に、山守さんの件が発覚し別れたというところにも不思議なものを感じるのです。

あのタイミングで交際が表に出ることなく、しかも流出した写真が飲酒疑惑をもたらすものでなかった場合、2017年の速報に登場していたのは小室さんでなく、山守さんだったかもしれません。

山守さんのご両親は医師で裕福、ご本人の経歴も申し分ない。「畏れ多い」と内親王との交際を止めるようにいう常識のある家庭です。。

山守さんの親が反対していたとしても、どうしてもお二人が好き同士で結婚したくて、あのタイミングで出てきたら、山守さんは女性宮家を阻止する存在にはなりえたであろうか。

山守さんならまぁまぁいいじゃないと国民も賛成してしまい、結婚と同時に女性宮家第一号になっていた可能性も高かったのではないだろうか。

 

国民を女性宮家絶対反対に変えた小室さんという存在

それに比べると、女性宮家法案が進行中だった時に現れた小室さんは見た目、経歴、家族の事情、すべてが皇族になるのにふさわしくなく、やっぱり女性宮家は危険だと感じさせるのに完璧な存在でした。

ご本人に罪はないとはいえ、父親・祖父は自殺、母のカルト宗教、出どころがわからない高額な学費の学校に小学校から大学まで通うなど、これほど不可解で、何か闇があるのではないかと感じさせる人もいない。

それでもご本人が立派な経歴を持ち、普通に働いていたらまだ違っていたのかもしれませんが、最初に入った銀行はすぐにやめ、仕事ぶりについてもひどかった様子が同僚の告白で記事になっています。

国際弁護士になりたいと言っていたはずなのに、ロースクールでもない経営学を学ぶ大学院に通っていて、学生のままでプロポース、学生のままで結婚しようとしているのに、堂々と会見。

タクシー代をケチり、宮内庁に車を出させるようなたかり体質などなど、胡散臭いことこの上ない人物。

結局人から借りたお金で大学に入っていたことがわかり、しかも贈与だと言って返さないことが報道されたところで、婚約延期の発表になりました。

 

女性宮家3回目の危機はまだ回避されていない

2月6日の延期の際、宮内庁が言ったことは、準備不足、2年半くらい延期、週刊誌報道は関係がない、お二人の結婚の意思は変わらないでした。

小室さんからの辞退を待っているとか、秋篠宮家から小室さんに2つの課題(1借金トラブルを解決する、2転職を含め年収を安定させる)を出しているとかは全部週刊誌が言っていることで、宮内庁から出された正式な声明ではありません。

よって、この件にまるで進展がないのは当たり前なのです。

延期後、小室さんが秋篠宮邸を宮内庁の車で送迎されて訪問しているのもテレビで報道されました。

普通に交際が続いていたのです。

正式発表の2年半延期のタイミングは2019年5月1日に新天皇が即位してから女性宮家創設の議論が始まるのですが、ちょうどその結論が出る頃になります。

 

ただしこの2年半後に女性宮家ができるかどうかには条件があって、今度の9月の総裁選で、安部総理が負けなければいけないのです。

2017年3月に、任期延長の法案が通って、安部総理は次の総裁選に出ることができるようになりました。3回目の任期は3年です。

あのしつこかったモリトモで安倍さんが失脚していて、9月の総裁選に出馬もできないほどダメージがあれば、女性宮家創設は2年後でも可能でした。

ところがモリトモでも結局安倍さんは何もダメージを受けることがなく、次の総裁選も安倍さんが勝つと言われています。

そうなると、安倍さんの任期はさらに3年延びて、2021年9月までになります。

ちょうど小室さんの留学期間とぴったり同じです。

この時期まで待てば、女性宮家を何が何でも反対して潰しにくる安倍総理がやっと消えるのです。

その上で、また女性宮家の検討が始まれば、審議にかかる時間は長くても1年くらいでしょうか。

小室さんが司法試験に通った後に、必要とされる実務経験の期間は2年間といわれています。それを理由にアメリカに居続けるながら、ゆっくり女性宮家創設待ちということも考えられなくもありません。

 

 

1回目の危機、2回目の危機と違って、これから先は未来のこと。

どうなるのかはわかりませんが、この3回目の危機が私たちに伝えているのは、現在の皇族方の考え方が昔とは全く変わってしまったということです。

  

昭和天皇の長女 成子さま

 

成子さまは、学業成績は極めて優秀だったが、高等科へは進学せず花嫁修業をする。

1943年(成子さま18歳)で、男系男子の盛厚王との結婚。

成子内親王の意思は考慮されていない結婚。

男系男子の血を残す、そういう結婚であり、後に当時の心境を「悲しみもなく、不安な気持ちも、嬉しい気持ちもありませんでした」と語っている。

夫となった盛厚王とは見合いを経ずに結婚したため、夫婦として心を通わせるのに時間がかかったという。

男系男子の血統を守るための結婚、皇族としての使命を全うする人生。

成子さまの子孫の男系男子は5名存在しています。

 

時代が違うとはいえ、好きなだけお金をかけて大学、大学院、留学と最高の教育を受け、皇族の減少が言われる中でも血統に関係なく、自由恋愛をし、本人の意思がなにより尊重されるという考え方や、皇統断絶につながる女性宮家を悲願と言ってしまう皇室。

皇族は血統で繋がってきた、それすら忘れてられてしまったのではないだろうか。

今上陛下は敗戦時12歳。

GHQにすっかり、心の中を変えられてしまって、その流れが今の皇族方に引き継がれているのではないだろうかー。

 そういうことを知るために、今この宙ぶらりんの時間があるのかもしれないとも思ったりする。

もう一つ、最近、秋篠宮家がおかしいからと愛子さまを天皇にという方がいるのですが、これは、1周回って2005年の小泉総理の時の女系天皇の道を開くものでと同じですので、反対です。

もし愛子さまに皇室に残っていただくのなら、ぜひ成子さまのように、男系男子の旧皇族と結婚をしていただけるように周りがお膳立てをしてあげてほしい。

悠仁さまも、学歴ではなくて、もっと大事な大御心を伝えられる方がお側についてほしい。

 

不思議な力は、これから眞子さまと小室さんをどういう方向に連れて行くのか。

絶対結婚には反対だけれど、こんなにどっぷり皇室特権を享受して、特別待遇に慣れていたら、破談なんて小室さんが呑むだろうか、眞子さまもここまで引っ張っていたら、別れられるのだろうか。