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皇室関係の報道を集めて紹介しています。女性宮家に反対、男系男子継承絶対の立場です。

日本精神が残るブラジル移民の日本人と、眞子さまの婚約(内定)者、小室さん

日本精神が残るブラジル移民の日本人と、眞子さまの婚約(内定)者、小室さん

 

眞子さまの記事、2つは日刊大衆から、もう1つはFLASHから、両方とも元婚約者に取材した小室親子についての記事。

もう一つは、プレジデントオンラインから、最初からこのお二人を応援していていた元木 昌彦氏の記事。

最後はブラジルのニッケイ新聞から。

どこへ行っても大歓迎を受け、眞子さまに会えたことが生涯忘れられない思い出になった、眞子さまと握手をされ、「お近くにも寄れないと思っていた。感激で言葉もでませんよ」とおっしゃるブラジル移民の日本人と眞子さまについて。

  

   

元婚約者が語る小室親子 週刊誌記事3つ

⭐️日刊大衆小室圭さん母親の元婚約者が激白 ICU時代に母子が恋人同士のように熱烈なハグ

20180729 0235 日刊大衆

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12205-063681/

秋篠宮家の眞子さまとの婚約が内定している小室圭さんについて、宮内庁は異例の指摘

 

・母・佳代さんの元婚約者A氏が「小室母子は絶対に結婚を諦めない」と語ったよう

〜略〜

(元婚約者談)

「圭くんは気質が外国人。オープンマインドで誰にでも分け隔てなく声をかける。だから、眞子さまにも恐縮せず、お声がけできたのでしょう。ただ、母親のほうは皇室とか、そういう肩書が大好きですから、“絶対に逃すな”と、きつく言ったのではないでしょうか」

 それほど、圭さんにとって母の助言は絶対だという。「彼がアナウンススクールに入ったのも佳代さんの強い勧めでした。どうも佳代さんの遠い親戚筋が、汗っかきアナとして人気の日本テレビ辻岡義堂アナらしく、それに触発されたようです。同アナも過去に“海の王子”に選ばれたことから“圭もアナウンサーに!”と、その気になったみたいです」(A氏=以下同)

 ・駅のホームで、小室さん母子が恋人同士のように別れの熱烈なハグをしていたとも

 「駅のホームでは、小室母子が“別れの熱烈なハグ”を恋人同士のようにしてから、別々の電車に乗り込むんです。目撃した近所の人たちも驚いていました」 

 

⭐️《日刊大衆小室圭氏の母親の元婚約者も憤慨!「留学後の狙いは眞子さまアメリカで結婚」

20180729 0630 

https://news.nifty.com/article/domestic/taishu/12205-064036/

  米国留学する“ジゴロ?”圭さんから日本のプリンセス・眞子さまを、お守りする必要がありそうだ。

 ⭐️《FLASH》借金問題を抱える「小室圭さんの母」妖艶年賀状に秘めた思い

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180729-00010008-flash-peo&p=2

f:id:ootapaper:20180730000244j:plain

2011年の正月に来た佳代さんからの年賀状。「今年はつややかにまいりましょう」

 

眞子さま小室さんを応援し、週刊誌&元婚約者を批判する元木氏

⭐️《PRESIDENT Online「マコとケイ」の大恋愛を邪魔する週刊誌

7/29() 11:15配信  

 f:id:ootapaper:20180729165546j:plainジャーナリスト 元木 昌彦

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180729-00025770-president-soci&p=1

秋篠宮家の長女眞子さまと小室圭さんの結婚延期について、新たな展開があった。小室さんが米国で弁護士資格を取得するため、8月ごろから3年間の予定で渡米することになったのだ。結婚はどうなるのか。元「週刊現代」編集長の元木昌彦氏は「距離が離れるほど2人は強く引き合う。どれだけ週刊誌に邪魔されても、最後に『愛は勝つ』となるはずだ」という――。

■昨年9月の婚約発表を、世間は大いに祝福した

 ■「報道の一線を踏み越えた」と書いた理由

 ■これで結婚は発展的解消だと週刊誌は書き散らしたが……

ニューヨーク州の大学に3年間通って弁護士資格を取得予定 

 ■授業料だけでも3年間で2000万円かかる

■圭さんの留学には眞子さまの同意があったのか

 宮内庁は“異常”とも思える執念深さで削除させた 

 ■「2人の結婚への意志は固い」とメディアの論調も変化

■授業料の全額免除をもくろんでいたという“邪推”は見当違い 

 ■今年11月に帝国ホテルで結婚式を挙げる予定だった

眞子さまの意志は、妹の佳子さまより強くみえる 

ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=時事通信フォト

 

 この記事を書いた、ジャーナリスト 元木 昌彦氏は以前にも、眞子さまと小室さんの結婚を応援する以下のような記事も書いていた人です。

 

"眞子さま報道"で問われる元婚約者の品性 | プレジデントオンライン

 

眞子さまと圭さん、外野が騒ぐ必要はない | プレジデントオンライン

 

<ブラジルレポート>眞子さまの訪問に感激し、胸を熱くする日本人ブラジル移民の方々

眞子さまの婚約については聞くなという箝口令が出ている状態にもかかわらず、どこに行っても大歓迎で迎えられる眞子さま

眞子さまとの握手に感激し、言葉に胸を熱くしているブラジル移民の日本人に、逆にこちらの胸が熱くなります。

眞子さまはどのような思いを持たれたのでしょうか。

⭐️ニッケイ新聞 《ブラジル》「眞子さま」という癒し

7/25() 7:11配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180725-00010003-nikkey-s_ame

一部抜粋:

眞子さまのお言葉は僕らに癒しを与えてくれた。ブラジルに暮らしている僕らのことを、日本の人たちは忘れていないんだと思わせてくれた」。21日、県連日本祭りで110周年記念式典が終った直後、なにげなく参加者の声を会場で集めていたとき、小西ジューリオ武雄さん(60、二世)からそんな感想を聞いて考えさせられた。
「そんな切実な気持ちでこの式典にきていたんだ」と思い、癒しがなかった日々のことを想像するに、どこか胸の奥深くをえぐられるような感じがした。
 翌22日のマリリアでも、眞子さまの歓迎式典を取材するなかで癒しを感じた。
     ☆
 会場となった市立劇場で高齢者のコメントを集めていたら、突然、背広姿の日高徳一さん(92、宮崎県)に出くわして驚いた。一週間前に電話で話したとき、「ワシャ、呼ばれちゃおらんから、眞子さまが植樹をされる場所のできるだけ近くまで勝手にいくつもりだ。たとえ体調が悪くなっても這ってでもいく」と言っていた。
 終戦直後の勝ち負け抗争のとき、強硬派として負け組幹部殺害事件に直接関係した一人だ。だが事件後に自首してキチンと罪を償い、この町で自転車屋を創業してまっとうな人生を歩んできた。日本国や皇室を篤く想うがゆえに、当時の勝ち組大衆の気持ちを背負って犯した事件だ。
 その勝ち負け抗争において最も死傷事件が多発したのはマリリアからオズワルド・クルースに至るパウリスタ沿線だった。

 

60年前、1958年にマリリアを訪問された三笠宮同妃両殿下(『汎マリリア三十年史』、1959年)

 その発端となったのは、19461月にツッパンで起きた「日の丸事件」だ。軍警の軍曹が汚れた軍靴を日の丸でぬぐったのを日本人青年が目撃して、日本語学校にいた仲間に伝えた。いきり立った青年らは、その真偽を問いただすために警察署に詰めかけたら、問答無用に逮捕・留置された。その一人が日高さんだった。すべてはそこから始まった――

長いので全てを引用しませんが、文の端々に、反日教育反日マスコミに汚染されていない、純粋な日本人の心に触れることができます。

日本では国旗、国歌を嫌がる教師が毎年問題を起こしているのに、国旗に対して、民族が本来持つべき感情がここにはあるのですね。

車が立ち去った後、沿道にいた日高さんに改めて感想を聞くと、「ワシにも握手して下さった。感激しました。…もう思い残すことはない」と目をうるませ、穏やかな表情を浮かべていた。思えば日高さんの盟友、蒸野太郎さんは百周年で皇太子殿下を間近にみた翌年、山下博美さんも翌々年に静かに亡くなった。
 皇室という存在がコロニアにもたらすもの、それは癒しだ――。ご本人がどうそれを意識されているのかは分からない。でも日本人のDNAには、そのように刷り込まれ、それが日系人にまで継承されている。前日に続いて、そう確信した。(深) 

 

⭐️ニッケイ新聞《ブラジル》
眞子さまロンドリーナ400人が熱烈歓迎=生涯忘れられない思い出に=「感激で言葉もでませんよ」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180726-00010000-nikkey-s_ame

眞子さまの)到着予定の3時間以上前から人が集まりはじめ、会館では期待に胸を躍らせる高齢者で溢れかえった。

〜略〜

「学校には通っていませんが、母親がきちんと家庭で教えてくれたお陰で日語の読み書きもしっかりできるんですよ」と笑い飛ばす。「一番苦労したのは母だった。2歳の時に父が亡くなり、再婚して新たに温かい家庭を築いた。移民はこのように生きてきた。苦労だらけだったけど、おかげさまでここまで長生きしている。最後に殿下に一目お目にかかりたい」と胸中を語った。

〜略〜

小野さんは結婚後、50年以上に渡りフェイランテ(露天商)として身を粉にして働いた。「子供をおんぶし、抱っこして働いた。死んだほうが楽だと思ったことが幾度あったか。でも、今は最高に幸せ。子供達もよく顔を見せてくれるしね」と豪快に笑う。

 

 そんな小野さんの心の支えというのが教育勅語だ。「母がいつも読んで聞かせてくれた。空読みができるんですよ」といって教育勅語を朗々と暗唱しはじめた。

 

 「明治天皇も、昭和天皇もたいそう立派なお方だった。自分のことよりも、国民の幸せをいつも考え、寄り添ってくださる尊いお方。その皇室から眞子さまがこられるとは、私どもには本当に有り難いことなんですよ」と感激していた。

戦前の悪しき教育の象徴のように言われる教育勅語がここでは当たり前のように暗唱されていたということに感動します。

明治天皇も、昭和天皇もたいそう立派なお方だった。自分のことよりも、国民の幸せをいつも考え、寄り添ってくださる尊いお方”

この部分を今の眞子さまはどう聞いたのでしょうか。

 

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眞子さまに贈呈された画家・久保カルロス氏の絵画。15年にご訪問された秋篠宮同妃両殿下にも同氏の絵画が寄贈された

 握手して頂いた武村盛常さん(79沖縄県)は「まさか一般市民にまで握手をしてくださるとは。あり得ないことだと話していたが、それが我が身に起きてしまった」と涙を滲ませ、仲村逸夫さん(79、二世)も「お近くにも寄れないと思っていた。感激で言葉もでませんよ」と夢見心地で語った。

 

⭐️ニッケイ新聞《ブラジル》
眞子さま、移民の故郷へ=プロミッソン、上塚周平植民地百周年祝う=ノロエステ沿線から異例の2万人=「次世代継承への動機づけに」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180727-00010001-nikkey-s_ame

午後6時20分頃、夕日が沈み、赤提燈が暗闇を幻想的に灯すなか、眞子さまが到着された。数千の日伯国旗が小波のように翻り大歓声で迎えられるなか、水色の清楚なスーツを着た眞子さまは、手を振りながら、上塚周平広場にゆっくりと歩みを進められた。

 

会場が超満員となり熱気を帯びるなか、SMAPの名曲「世界に一つだけの花」をコーラスが合唱。眞子さまがご退場されると、怒涛のような歓喜と拍手が場内を揺るがせ最高潮に。最後は、連合主催の盆踊り大会が開始され、日系社会を今日まで紡いできた先祖を偲び、夜更けるまで踊り明かした。

 

実際に眞子さまがご到着され、緊張した面持ちで忠邦さんがお花を渡すと、眞子さまに続き、深々と頭を垂れて先人に祈りを捧げた。

 眞子さまはお忙しい合間を縫って、忠邦さんに話しかけられ、「上塚周平さんのご生前をご存知なのですか」とお尋ねになったという。どのような会話が実際に取り交わされたかを知るのは、眞子さまと忠邦さんのお二人のみ。

 忠邦さんに「どう答えたのですか」を聞くと、いつもの上塚周平翁の晩年の逸話を滔々と語りはじめ、「入植者のことをいつも気にかけ、清貧の人でありました。それが移民の父と呼ばれる所以です」と結んだ。おそらく眞子さまも、その説明をお聞きになったに違いない。

 嵐のように一日が過ぎ去った後、忠邦さんに感想を尋ねると、「本当に短い一日でした」――。そして「これが人生で本当に最後。眞子さまに上塚先生の植民地を見て頂き、生涯で最高の一日でした」と朗らかな様子を浮かべ、その目には涙が光っていた。 

 みなさん、皇族である眞子さまの後ろに、故郷、日本を見ているのですよね。

明治天皇大正天皇昭和天皇とつづく今上陛下の孫だから、眞子さまとの握手に感動し、お言葉に癒され、敬意を払われているのです。

 

それが、女性宮家待ちなのか、はたまた彼氏に箔をつけるためなのか、だらだら延期にしながら税金使って婚約(内定)者をアメリカに行かせているのが現在の眞子さまの現実の姿です。

 このピュアなブラジル日本人移民の方が、失望するような皇室にはならないでほしいですが、もうなっているとしか言えないです。

 早く目を覚ましてほしい。