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皇室関係の報道を集めて紹介しています。女性宮家に反対、男系男子継承絶対の立場です。

銀婚式を迎えられた【皇太子さま、雅子さまの25年】

銀婚式を迎えられた【皇太子さま、雅子さまの25年】 

 

先週の週刊誌は、皇太子さまと雅子さまの銀婚式についての記事が続きました。

その中で面白かったのは新潮と、文春(記事ではなくオンラインの方)。

このふたつの記事をメインに皇太子さま・雅子さまの結婚から今まで、女性宮家の動きも絡めて、時系列にして記事を差し込んでみました。

 

 

 

ベースにした記事:

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180617-00007739-bunshun-soci&p=1

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180623-00544046-shincho-soci

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 1993年6月9日 雅子さま(29歳)・皇太子さま結婚(33歳)

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1995年 雅子さま陛下に「私の周りには、そんなことを言う人は一人もおりません」

「95年のことです。ご懐妊の兆しが見えない雅子妃を陛下が慮って『国民は皆、あななたたちの子を期待していますよ』というお言葉をかけられたことがあった。
それに対して妃殿下は「私の周りには、そんなことを言う人は一人もおりません」と、毅然と言い放ったのです。陛下は驚き、呆気にとられたご様子でした」
週刊新潮2018年6月21日号

 

1999年末 雅子さま流産

2001年12月1日 愛子さま誕生 雅子さま(38歳)・皇太子さま(42歳)

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当時、子を授かった喜びを雅子妃は「生まれてきてくれてありがとう」とのお言葉で表したのだが、周囲との“温度差”は際立っていったという。

「庁内はもっぱら「事態は何一つ進んでいない」という雰囲気で、つまりはお務めを果たせていないということ。にもかかわらず、ご出産から1年で外遊に復帰なさったのですから、風当たりは一層強まってしまいました」(同)

週刊新潮2018年6月21日号

 2002年8月 栃木県沼原湿原

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記者E 愛子さまが赤ちゃんの頃、栃木県の沼原湿原を散策したとき、殿下が背負子で背負われたことがありましたね。今の天皇陛下は、人前で子供を抱っこしたり、おんぶされたことがなかった。宮内庁のベテラン職員の中には「ああいう姿を国民に見せてはいけない。威厳が損なわれる」と本気で嘆く人もいました。

文春オンライン

2002年12月 皇太子ご夫妻、ニュージーラントと豪州をご訪問。

その直前、会見で雅子妃は、極めて率直なお気持ちを口にされていた。

<私にとりまして、結婚以前の生活では(略)外国に参りますことが、頻繁にございまして、そういったことが私の生活の一部となっておりましたことから(略)外国訪問をすることがなかなか難しいという状況は、正直申しまして私自身その状況に適応することになかなか大きな努力が要った>">が、これが物議を醸した。「メディアでは『そんなに海外に行きたいのか』といった論調が目立ち始めた。

週刊新潮2018年6月21日号

この時の会見以降、16年間、雅子さまは記者会見をされていない。(2018年6月まで)

 2002年11月 高円宮殿下の薨去
高円宮さまは86年10月、東宮御所で催されたスペイン王女の歓迎レセプションの場に当時学生だった雅子妃を招き、皇太子さまとの出会いに繋げられた。いわばご夫妻のキューピッドであり、雅子妃のお気持ちの沈み用は計り知れなかったであろう。

週刊新潮2018年6月21日号

2003年5月 愛子さま公園デビュー

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記者E お生まれになってすぐの“公園デビュー”も同じ。雅子さまが愛子さまをお連れになって、近所の公園に行かれたら、沢山の人が集まって大きな騒ぎになった。お立場上そういった“普通”を実現するのは無理なんです、はじめから。

文春オンライン

2003年12月3日 雅子さま帯状疱疹を発症し、軽井沢で転地療養

04年3月、前年末から体調を崩されていた雅子さまは愛子さまを連れ、長野県軽井沢町にある小和田家の別荘での療養に入られた。

「民間の別荘に皇太子妃が滞在するのは、警備上の問題がありました。また、皇太子さまがお見舞いに行かれることに小和田家は皇太子殿下を呼びつけるのかという批判まで上がりましたが、別荘での療養は続けられました」(前出・ベテラン皇室記者)

女性セブン2018年7月5日号

 2004年5月 皇太子さま「人格否定発言」

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<雅子にはこの10年、自分を一生懸命、皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが、私が見るところ、そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です>会見の場が静まり返ったのは言うまでもない。

「会見の最後には「どんなことを念頭に置かれたお話なのか」と、補足質問が飛びました。皇太子さまは「細かいことは控えたい」とされながら「そのことで雅子も私も、とても悩んだ」と漏らされたのです」(同)
皇太子さまはその2日後に渡航され、5月24日に帰国。ご不在中に騒ぎが鎮まるはずもなかった。

週刊新潮2018年6月21日号

  2004年5月17日 宮内庁の羽毛田次長(当時)の会見

(人格否定発言について)「社会的影響の大きい発言。改めて具体的内容が説明されなければ国民が心配する」との陛下のお気持ちが示されました。

 週刊新潮2018年6月21日号

 2004年6月8日  人格否定発言の説明

皇太子さまは、ご帰国後の6月8日、長官の会見を通じて文書でご発言の真意を説明せざるを得なくなったのです。
その文面には、こう綴られていた。
<具体的内容について、対象を特定して公表することが有益とは思いません(略)みなさんにお伝えしたかったのは、私たちがこれまで直面してきた状況と今後に向けた話です>
名指しこそ避けられたものの、ご夫妻を取り巻く環境に苛まれてこられた点を繰り返し強調されたのである。が、ここからさらなる混乱が引き起こされていく。
「皇太子さまの苛烈なお言葉は、一体どなたに向けられたものなのか、と様々な憶測が流れました。
一義的には、ご成婚当時から「外遊はともかくお世継ぎを」との空気が支配していた宮内庁、中でも歴代の長官をはじめとする幹部らへ向けられたものでしたが、そうした雰囲気を自ずと醸成なさっているであろうと両陛下、とりわけ皇后さまにも切なるお声を届けたかったのではないか・・・。当時はそんな見方も、記者会見では広まりました」
 
この6月8日の「説明文」が出される少し前、皇太子さまのご真意を伺うべき電話をかけてきたの当時の東宮大夫に対し雅子妃は、<そんなことをするのなら、私は皇太子妃を辞めます>
そう言って一方的に電話を切り、傍らの皇太子さまに「はっきり申し上げましたよ」とご報告される一幕もあった。
 
週刊新潮2018年6月21日号

 2004年6月 雅子さま適応障害の診断を受け病気療養に入る

2004年5月の「人格否定発言」。皇太子さまが「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と会見でおっしゃったのは衝撃的でした。

デスクA 当初は「雅子さまを応援したい」と考える女性も多かったのです。皇太子殿下はよくおっしゃったと見る向きもあった。しかしその後、次第に応援の声は小さくなっていった。

記者E きっかけは雅子さまの“子育て問題”ではないでしょうか。愛子さまの子育てを拝見するうちに、強い違和感を持つようになったのだと思います。

文春オンライン

 2004年11月 秋篠宮さま誕生日会見

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秋篠宮さまが、5月の会見で皇太子さまの『雅子の人格を否定するような動き』と発言したことを受け、

「記者会見という場所に置いて発言する前に、せめて陛下とその内容について話をして、その上での話であるべきではなかったと思っております。そのことは残念に思います」と異例の兄宮批判をなさったのです」(同)

週刊新潮2018年6月21日号

 2004年12月23日 今上陛下お誕生日
<皇太子の発言の内容については(略)まだ私は十分に理解しきれぬところがあり・・・>そう言及なさったことからも明らかで、まさしく平成最大の危機が皇室を覆っていたのだった。週刊新潮2018年6月21日号
 2005年         羽毛田信吾宮内庁長官が就任。

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2005年         自民党小泉純一郎内閣で、「皇室典範に関する有識者会議」が提言した「女系天皇容認」を柱とする典範改正に向けての動きが具体化。

 2005年2月 皇太子さま誕生日会見

デスクA 皇太子殿下は2005年の誕生日会見で『子どもが育つ魔法の言葉』などの著書がある米国の家庭教育学者、ドロシー・ロー・ノルトの詩を紹介されました。《批判ばかりされた子どもは非難することをおぼえる(中略)しかし、激励をうけた子どもは自信をおぼえる(中略)賞賛をうけた子どもは評価することをおぼえる(中略)可愛がられ抱きしめられた子どもは世界中の愛情を感じとることをおぼえる》というものでした。


記者E こういった“叱らない子育て”は現代の育児法の主流と言えます。皇太子ご夫妻はかなり忠実に実行していらっしゃるようです。
記者C でも結果、しつけができていないように見えるケースも多いのではないでしょうか。

文春オンライン

20062月      秋篠宮紀子さま3子懐妊、「女系天皇容認」動きがストップ。 

2006313日 皇太子、雅子さま、愛子さま、雅子さまの妹池田玲子さんと息子、その他一家族が東京ディズニーランド&シーでお遊び。

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記者D 皇太子さまも雅子さまも「普通の子育て」への憧れがあるようです。2006年にはご家族でディズニーランドとディズニーシーにいらっしゃいました。あくまで“お忍び”という形だったのですが、私服警官で埋め尽くされて一般客も異常事態に気付き、パニック寸前。ディズニーシーの真ん中にあるマーメイドラグーンは封鎖されました(笑)(2006年3月23日号)。
記者C 愛子さまに初等科時代、電車を使わせたこともありました。でも、駅の自動改札を愛子さまがピッと通られるのを大量の警察官が警戒していて、まったく普通じゃなかった。(2008年3月 愛子さま電車通学へ)

文春オンライン

 

2006年夏  皇太子さま、雅子さまは愛子さまとご一緒に、オランダで2週間のご静養

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記者E 2006年のオランダご静養では、海外のメディアも大勢いる前で、愛子さまは気をつけをして挨拶が出来ませんでした。身体をグニャグニャとさせて、脚を交差させ、シャネルのマークのような「シャネル立ち」だと噂されました。

記者B 当時はまだ4歳だから、仕方がないにしても、・・・

(文春オンライン)

 

2006年9月6日  悠仁さま誕生

2007年5月 今上陛下、訪欧前の会見

陛下が『私どもが私的に外国を訪問したことは一度もありません』と発言された。これがもっぱらご一家への皇太子ご夫妻が私的にオランダに行ったことに対する)“苦言”だとみなされてしまったのです」(同)

週刊新潮2018年6月21日号 

2007年6月   天皇陛下の側近だった渡邉允前侍従長退任

退位後、女性宮家の必要性をインタビューで語ったり、自著『天皇家の執事』文庫版の後書きでも女性宮家に言及している。

 

   朝日新聞の岩井記者のインタビュー記事↓

渡辺:私は、女性皇族に結婚後も皇族として残っていただき、悠仁さまを支えていただくようにする必要があると考えています。

〜略〜

 岩井:長年、陛下にお仕えした前侍従長の渡辺さんがおっしゃるということは、陛下もそうしたお気持ちということなのでしょうか。

 

 渡辺:これは、あくまでも私の個人的な考えです。

https://dot.asahi.com/wa/2012092600476.html?page=1

週刊朝日 

 

2007年8月〜12月 雅子さまがお忍びで通われた超高級レストラン

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https://matome.naver.jp/odai/2138206044704086701/2138294884396420703

雅子さまの金銭感覚は?

記者E そもそも清貧を良しとする天皇家の家風と、雅子さまのご志向は相容れないものがあると思います。

 

記者C 私もそう思う。雅子さまには現代的な「自分の権利を主張する」というプリンシプルを強く感じます。働く女性のスタンダードな意識ですよね。今上陛下からは国民があって自分たちがある、というメッセージが伝わってきます。

デスクA 両陛下は警備上の理由などで一般客に迷惑になるからと、海外ご訪問中でもほとんどレストランなどで外食をなさいません。一方、雅子さまは外食がお好き。マンダリンのシグネチャーやウェスティンのビクターズ、富麗華、ロオジエなど高級店にも行かれる。国民に与える印象は真逆でしょう。

 

文春オンライン

2008年3月 愛子さま電車通学

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http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1235439097798.jpg

(皇太子さまも雅子さまも「普通の子育て」への憧れがあるようです。)

記者C 愛子さまに初等科時代、電車を使わせたこともありました。でも、駅の自動改札を愛子さまがピッと通られるのを大量の警察官が警戒していて、まったく普通じゃなかった。

文春オンライン

 2008年8月 皇太子さまへの御忠言 西尾 幹二

民のために無私の祈りを捧げる「祭祀王」としての天皇が、天皇たりうる所以である。
祭祀を離れた天皇天皇ではない。
一説では、皇太子ご夫妻が唱えていた新しい時代の「公務」は、国連に関係する仕事であるらしい。
私が恐れるのは、雅子妃が皇太子殿下に天皇としてあるまじき考えを持たせるよう誘いはしないかという点である―まえがきに代えてより。

2008年12月 羽毛田長官、皇太子ご夫妻に〝苦言″

08年11月から胃腸の炎症をかかえていた天皇陛下が、翌月ついに公務を休んだときのことだ。
会見で羽毛田氏は、

「ここ何年かにわたり、(陛下は)ご自身のお立場から常にお心を離れることのない将来にわたる皇統の問題を始めとして、皇室にかかわるもろもろの問題をご憂慮いただくというような様子を拝してまいりました」

と指摘した上で、私的な見解としつつ、天皇陛下は皇太子さまや療養中の雅子さまの体調などを気遣っており、「様々なご心労」があると語った。

 このときには、羽毛田氏の発言に先立って金沢氏も、「本気で理解してほしいが、陛下のご公務が忙しいから、日程が詰まっているから、という理由だとは単純に考えないでほしい」

天皇陛下の体調不良の原因が心因性のストレスであると明かし、天皇家を支える2人がそろって皇太子ご夫妻に〝苦言″を呈する形になった。
※週刊朝日 2012年6月8日号

https://dot.asahi.com/wa/2012092601237.html?page=1

     記事が書かれたのは2012年6月。

 

2009年4月8日 天皇皇后両陛ご結婚50年 会見

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記者D 天皇陛下のように結婚生活の節目節目で妻への感謝を発表されるのは素晴らしいと思います。2009年のご結婚50年のときに、陛下は「結婚50年に当たって贈るとすれば感謝状です。(中略)その間にはたくさんの悲しいことや辛いことがあったと思いますが、よく耐えてくれたと思います」と述べられました。

記者E 個人的には、皇太子さまも雅子さまへの愛情を発表し、仲睦まじい日本の家族の象徴になっていただけたらと。2013年に結婚20年の所感を出されましたが、ご夫婦としての感想だったので、「私たちは夫婦として多くのことを一緒に経験し、互いに助け合ってまいりました」といった、遠慮がちな表現でした。


記者B 陛下はご結婚20年を迎える頃、会見で「やさしいワイフ」とのろけられて新聞の見出しになったこともありましたからね。

デスクA でも皇太子殿下が発表されるとなると、妃殿下の事前チェックが入るかも(笑)。

 

文春オンライン

2009年9月16日 ( 8月の選挙で民主党が総選挙大勝)鳩山由紀夫内閣成立

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2009年11月11日 人民解放軍のオペラに皇太子が出席

  文春2009年11月26日号

中国人民解放軍総政治部の歌舞団が学習院大学で公演した。

皇太子は私的に会場を訪れて2階VIP席で彭麗媛と隣り合わせの席で観劇。

彭麗媛の夫は、習近平中華人民共和国による皇室の政治的利用と批判される。

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2010年3月 <愛子さま>強い不安感などで学校休む 同学年に乱暴な男児

記者D 2010年3月5日の定例会見では、東宮大夫が、愛子さまが不登校状態にあること、その原因として初等科に「何人かの乱暴な児童たち」がいることを公にしました。子供たちの間の問題が、一国を揺るがす事件に発展した瞬間でした。

文春オンライン

 

2010年3月以降  雅子さま、学校内に問題を抱えた愛子さまを気遣って登下校に付き添うように。

 

 こちらに当時の週刊誌各誌が報じた雅子さまの付き添い登校の記事がまとめられています。

付き添い登校 - 日の本

 

女性セブン2010年4月1日号

愛子さま「教室の後ろに雅子さま」で保護者分裂

サンデー毎日2010年5月2日号

雅子さまは愛子さまの授業中はパイプ椅子に座り、休み時間は廊下側の窓から見守る。

女性セブン2010年5月6日号

皇太子妃雅子さま学習院の<宣告>に休み時間の校庭にも付き添い

女性セブン2010年5月27日

皇太子妃雅子さま「付き添いでお疲れ」発言の波紋

 

2010年6月8日   菅直人内閣発足

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 2010年 9月  尖閣諸島 中国漁船衝突事件

2011年3月11日 東日本大震災

2011年9月2日   野田内閣発足

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2011年9月14~16日 雅子さま、愛子さまの山中湖での校外学習に同行。
週刊誌などで批判的報道

記者C (国民の雅子さまを応援する声が次第に小さくなり、愛子さまの子育てに違和感を持つようになった)決定的となったのが「山中湖お付き添い事件」でした(2011年9月29日号)。学習院初等科4年生だった愛子さまの山中湖校外学習に、雅子さまが付いて行かれた。

記者D 子供たちが立ち寄る場所には、雅子さまもほとんどついて行かれ、青木ヶ原樹海でハイキングもされました。

 

「茶番」と批判された校外学習

 

記者E 山ガールファッションでしたよね。チェックのシャツにウエストポーチ、リュックを背負って、やる気満々。一方で東宮職は殺気立っていました。雅子さまの姿を撮らせまいと、カメラマンの周りを男性数人で包囲。愛子さまを撮影しようとしたら、東宮侍従から「家宅捜索するぞ!」と恫喝されました。


記者D 学習院では過去に子供が怪我や病気の場合だけ、親が近くの宿で待機するということはあったようです。だけど雅子さまは、子供と同じ「ホテルマウント富士」の、1泊12万円のインペリアルスイートに宿泊した。保護者からも非難の声があがりました。

記者C ホテル側は雅子さまのために、壁紙をベージュから白地にグリーンの花柄に張り変えたんですよ。食材にこだわった「特別懐石料理」も用意した。

 

記者B 直後の東宮大夫の定例会見は大荒れになりました。会見内容は両殿下もご覧になるので、記者も言葉を選ぶ。ところが、このときは「今回のお付き添いは、極めつけの茶番ですよ。皇室の尊厳もくそもない!」という過激な発言が飛び出したのです(2010年10月6日号)。

記者D 東宮大夫は「長い目で見ていただきたい」と答えた。それにベテラン記者が「国民はすでに長い目で見ている。震災から半年、国民が大増税の時代を迎えようとしているその時期に妃殿下は校外学習でインペリアルスイートに泊られた。常識的に考えられない出費。“税金泥棒”との批判を受けるかもしれません。それを許した殿下はどうお考えなのですか」と詰め寄った。緊迫の場面でした。

記者E 皇太子さまはむしろ賛成されてましたよね。校外学習当日の朝も、初等科まで愛子さまに付き添い、保護者や子供たち一人ひとりに挨拶されて、4台のバスがいなくなるまでずっと手をふっていらした。その光景に、記者たちは「逆一般参賀状態だ」と(笑)。

記者C 山中湖事件の前から、愛子さまは登校拒否のような感じになって、お付き添い登校が始まっていました。朝早いときは皇太子さま、遅いときは雅子さまがお付き添いされていた。

文春オンライン

 

2011年9月27日 愛子さま、約1年半ぶりに皇太子さま、雅子さまの付き添いなしで登下校

2011年10月5日  羽毛田信吾宮内庁長官野田首相を訪ね女性宮家創設を「火急の案件」として再び要請

2011年10月20日 雅子さま皇后陛下喜寿を祝う祝賀行事を体調不良で一部欠席

2011年11月22日 秋篠宮さま誕生日会見、「皇室を維持するには一定の数が必要」

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46際の誕生日を前に記者会見される秋篠宮さまと紀子さま

「皇室を維持するには一定の数が当然必要」と語った

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31507

 

2011年1125日 定例記者会見にて藤村修官房長官より
羽毛田長官が10月5日に首相官邸を訪れ、野田首相女性宮家創設を「要請した」と報じられたが「要請した」は否定。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31507 
 2012年1月6日  野田政権「女性宮家」検討本格化へ参与 園部元最高裁判事を起用 
野田内閣は6日、女性皇族を結婚後も皇族にとどめる女性宮家」の創設を検討するため、皇室法制に詳しい園部逸夫・元最高裁判事(82)を内閣官房参与に起用すると発表した。http://www.asahi.com/special/minshu/TKY201201060175.html

 

反対も多い皇位継承資格を女性皇族に広げる改正は一旦、棚上げ、

女性皇族が結婚しても皇室に残れるように女性宮家創設だけに絞って典範を改正するという考えが浮上。

2012年3月1日  「女性宮家有識者ヒアリング始まる

2012年3月  宮内庁職員「皇太子殿下は3.11に被災地に赴いてもよかった」

 心臓バイパス手術から退院後、天皇陛下が並々ならぬ思いでご出席された、3月11日の東日本大震災1周年追悼式。ご出席が発表された9日、皇居では天皇皇后両陛下と皇太子との昼食会が行なわれた。しかし、そこに雅子妃の姿はなかった。

〜略〜

「陛下としては、追悼式典の後のご公務の代行をすべて皇太子殿下に託すわけです。雅子妃殿下に対しても同じお気持ちでしたから、当然ご夫婦で御所にきてほしかったはず。昼食会では終始、陛下からこれからの名代の責務と重要性についてお話しされていましたが、殿下は雅子妃が同席されていないからか、平身低頭で聞かれていたようです」
 
 追悼式の時、皇太子夫妻は両陛下がご臨席される様子を居所(東宮御所、宮邸)のテレビで見ながら黙祷を捧げていた。それは両陛下のご指示によるものといわれるが、宮内庁職員らの心中は複雑なようだ。
週刊ポスト2012年3月30日
2012年5月21日    官邸で政府の5回目の有識者ヒアリング
小田部雄次静岡福祉大教授は女性宮家創設に賛成の考えを示したうえで、配偶者や子どもは皇族とせず、一代限りにすべきだとの考え方を表明。

 島善高早大教授は女性宮家を設けず、旧宮家の男系男子を養子として迎え入れる案を示した。

会議に出席した園部逸夫内閣官房参与は養子に迎える男系男子に皇位継承権を与える案に関して「なかなか難しい」との見解を示した。

https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2102C_R20C12A5PP8000/

 2012年4月26日 羽毛田信吾長官は会見で天皇、皇后両陛下の葬儀の簡素化に関する方針を発表

4月26日、宮内庁羽毛田信吾長官は会見で天皇、皇后両陛下の葬儀の簡素化に関する方針を発表した。両陛下は自らの葬送を「極力国民生活への影響の少ないものとするように」としており、同庁は葬儀を土葬ではなく火葬とすることや、墓所に当たる「陵」の小規模化、天皇と皇后を同じ陵に埋葬する「合葬」などを検討するという。

〜略〜

両陛下が羽毛田長官を通じで自らの意思を公にしたことは、宮内庁の関係者にも驚きをもって受け止められている。

https://dot.asahi.com/wa/2012092601097.html

週刊朝日 2012年5月18日号

  

  2012年6月1日  羽毛田信吾長官(70)退任(5/25正式決定)
201267   羽毛田信吾(70)宮内庁参与(〜2013年)
2012年10月5日     野田政権、 女性宮家内親王に限定 2案併記、論点整理を発表
野田政権は5日午前、皇室典範の見直しに向けた論点整理を発表した。

女性皇族が結婚後も皇籍にとどまる「女性宮家」創設案と、結婚して皇籍を離れても新たな称号を使うなどして皇室活動を続ける2案を併記。制度改正を最小限にとどめるため、いずれも対象を天皇の子や孫にあたる内親王」に限定した。

http://www.asahi.com/special/minshu/TKY201210050157.html

 

201212月26日 第2次安倍内閣発足

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2013年1月 安倍総理女性宮家を白紙に戻すと明言

女性宮家創設を“白紙に戻す”と明言した

※女性セブン2013年1月31日号 

https://www.news-postseven.com/archives/20130122_167008.html

 

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安倍総理)自らが会長を務める『皇室の伝統を守る会』は、「女性宮家創設は、女性・女系天皇容認論の布石になりかねない」「天皇制の根幹を揺るがす、看過できない問題だ」という厳しい批判を繰り返してきた。

 そして昨年12月、首相に就任するやいなや、野田政権が1年以上かけて取り組んできた女性宮家創設を“白紙に戻す”と明言したのだった。

〜略〜

京都産業大学所功名誉教授はこう憤る。

「議論を“白紙”に戻されたことは非常に残念です。両陛下がご高齢であること、女性皇族が結婚適齢期に入っているといった皇室の現状に対して明確な認識が不充分だと思います。ですから、“自分たちの見識のなかで考えたことが絶対だ”という態度なのでしょう。

 象徴天皇制度は、国民の共感と理解のもとに成り立っているのに、彼らのいう旧宮家の復帰などは、普通の人々の感覚としては違和感を覚えずにはいられません」
https://www.news-postseven.com/archives/20130122_167008.html


※女性セブン2013年1月31日号 

2013年9月 初等科6年生の愛子さまがグッチの鞄を持っている

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https://matome.naver.jp/odai/2137938336524894801/2137938405425281203

雅子さまの金銭感覚は?

記者E 「女性セブン」(2013年9月19日号)のスクープでは、初等科6年生の愛子さまがグッチの鞄を持っている写真が出ました。那須どうぶつ王国で、他のお友達はママお手製の布製ポシェットなどを持ってきているのに、愛子さまだけが4万円相当のグッチのキッズラインのバッグだった。

記者C あれは凄いインパクトでした。

記者B 美智子さまは、一目でブランドものと分かるものは避け、洋服やバッグも仕立て直しされたり、修理されたりして、何年も何年も大事に使われます。

デスクA やはりお人柄というのはそういうところに滲み出るものです。現在は“美人すぎる皇族”として佳子さまが注目されていますが、普段は発言をされない皇族だからこそ、国民は外見や行動にメッセージを見つけるのです。

文春オンライン

 

201467日  皇后美智子さま 首相が女性宮家創設を白紙に戻したことを憂慮

「皇后美智子さま 首相が女性宮家創設を白紙に戻したことを憂慮」

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美智子さまも親しい知人にいろいろありましたけど、たくさんのかたがたの努力のお陰があって、少しずつ動き始めているようです。これで、私たちの気持ちも、少し楽になりましたと胸の内を吐露されたそうです。両陛下にとって女性宮家創設は、将来の皇室を考える上で大きな意味をもつものとお考えだったに違いありません」(宮内庁関係者)

しかしその後、両陛下に衝撃を与える出来事が

(このあと、安倍総理女性宮家を白紙に戻した事について書かれている。)

女性セブン2014619日号

http://www.news-postseven.com/archives/20140607_259776.html

 2013年6月 皇太子さま、雅子さま成婚20年

「5年前のご成婚20年の際には、いわば一方的な両殿下のご感想が宮内庁から出されましたが、今回は記者会の質問に対して両殿下が別々に回答されています。その点を以てしても、妃殿下の体調は良くなっているのではないでしょうか」   週刊新潮2018年6月21日号

 2014年7月 愛子さま12歳、学習院大のキャンパスでのイベントに参加される。

記者C はい。学習院大のキャンパスで行われたイベントに行かれた時に、お菓子を立ち食いされたのですが、べたべたした包み紙を近くのスタッフに差し出し、たった一言、「これ」とおっしゃった。「捨てたいの?」と尋ねられても、頷くだけ。しまいには鼻をかんだティッシュを「ゴミ」と言って、スタッフに差し出しました。

デスクA 皇太子殿下ご自身は、厳しく育てられています。浜尾実東宮侍従に姿勢や挨拶などを厳格にしつけられていた。そういった過去に対する“反動”なのでしょうか。      文春オンライン

 2014年6月 愛子さま再び遅刻、欠席が多くなる。

記者B そして再び欠席・遅刻が始まったのが、学習院女子中・高等科にあがられた2014年、中学1年生の6月頃から。1学期、2学期の定期試験を欠席されました。

デスクA 勉強はよくおできになるんですよね。

記者B 愛子さまは完璧主義なんだと思います。試験前夜もおそくまで熱心に勉強するそうなのですが、朝になると登校されない。

デスクA なぜそんなことになってしまったのか。当時、原因として考えられたのが、皇太子ご夫妻の「叱らない子育て」です。

文春オンライン

 

 2017年 6月1日号 週刊新潮 安倍総理女性宮家を白紙にしたことに対し、両陛下の落胆は凄まじかったと・・。

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白紙に戻された事への両陛下の落胆ぶりはすさまじいものだった・・・

 

 2018年 6月 週刊新潮6月21日号 今後、雅子さまが乗り越えなければいけない“壁”について。

「02年末以降、雅子さまは16年間にわたって記者会見をされていません。我々は今回、ご夫妻そろっての会見を3ヶ月前から宮内庁に申し入れていたのですが、受け入れてもらえませんでした」
雅子妃がメディアをことのほか遠ざけられているご様子は、療養生活において度々窺えた。
「外国語訪問の前には、慣例で会見が開かれます。ですが、このままでは新皇后となられて以降もなさらないお考えでしょう。深刻な事態に違いなく、それで果たして、国民に声が届くのか、皇后さまからご養蚕や赤十字の名誉総裁職を引き継がれても、やはり最後には、公の場でご自分の言葉でお話しになるという“高い壁”が、立ちはだかっているのです」(同)
きたる9月には、友好160周年を記念した皇太子さまの渡仏に同行なさる見通しだ。が、ここでも肉声は拝聴できそうにない。
週刊新潮2018年6月21日号

 

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 こうやってみてみると、かなり前から女性宮家の発信源がどこなのか、分かる人にはわかっていたはずですね。

皇室を大事に思っている保守の方の討論は両陛下の権威を守ろうとするあまり、かえって、真実を見えにくくしていたような気もします。

 

それと、やっぱり雅子さま

2004年に療養に入られてからの、傍若無人な振る舞いはもう笑いが出てしまうほどです。これでは批判されないほうがおかしい。

驚くのは、周りがそれを止められず、雅子さまの気の済むまでやらせていることです。

やりたい放題させてたら、国民が呆れて雅子さま嫌いになることがわかってない。

だから雅子さまを守っているとも言えない。

 

それでも、あの頃は良い時代だったなと思えるエピソードは、2004年の皇太子さまの「人格否定発言」のときにあります。

“「社会的影響の大きい発言。改めて具体的内容が説明されなければ国民が心配する」との陛下のお気持ちが示されました。”

と、羽毛田宮内庁次長が言っていることです。

両陛下が「国民が心配するから」と、国民の気持ちを慮って皇太子さまに説明することを促しているのです。

最近の皇室では全く聞かなくなった言葉ですよね。

 

 

今では、同じ皇后陛下が、国民の声は「雑音」というのです。

皇族が考え決めたことが最も尊重されること、だから国民は静かに待てと。

いったい、いつからこうなってしまったのでしょうか。

 

 

皇太子ご夫妻が機能しない穴をずっと頑張って埋めてこられた秋篠宮さまも、今は眞子さまのお気持ち第一で、国民の批判には一切のお言葉がありません。

  

昨日も、眞子さまのブラジル訪問が正式に決まったとの報道がありました。

これだけ小室さんの警備費に批判が出ているのに、それをそのままにして行かれるのです。

昭和の頃なら、宮内庁の誰かからでも「国民から批判が出ているのに、けじめをつけないまま、公務に行かれるべきではない」という諌める人が出てきてもおかしくない場面です。

それが、今はいない。

 

竹田恒泰さんや、皇室を愛する保守の方も「昔の天皇」の話ばかりしていないで、今の変わり果ててしまった皇室についてどうしたらいいのかを議論してもらいたいです。

皇室は質素倹約を大事にされているからーーというのは昔話です。

現実に、今の皇室は、退位される両陛下のためにお住まいの改修だけで2つ合わせて17億円、退位された後も職員は65人。

天皇・皇后の75人に対して、わずか10人しか違わない。

秋篠宮さまのご一家も皇嗣になられるので職員は今の20人から約50人ほどに増える。

住まいの改修、儀式の費用、眞子さまの一時金1億5300円も合わせて、トータル35億円。

それに小室家にかかる警備費用が月に500〜700万。

竹田さんは、両陛下が「儀式は簡素に」と仰ったから、簡素化しようとしている政府を批判していましたが、それならお住まいの予算を減らして「儀式」に使うようにと言うべきで、「質素倹約を愛されている両陛下」などと「昔の天皇」の話を持ち出して美化している場合じゃないと思います。

 

 

 

ところで、コメントをくださる方、いつもありがとうございます。

その都度、お返事を書きたいのですが、ブログ記事を書くのに調べたり、読んだりで、えらく時間がかかっていて、なかなか書けないでいます。

コメントは全て読ませていただいて、参考にさせていただいています。

m(_ _)m