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皇室関係の報道を集めて紹介しています。女性宮家に反対、男系男子継承絶対の立場です。

皇室と自由恋愛

皇室と自由恋愛

血統の論理で2000年以上続いてきた皇室にとって、自由恋愛で相手を選ぶということは、皇室の存在価値そのものを失う毒だったのではないか。

 今回の眞子さま婚約の騒動で、改めてそんな思いがしました。

 

そんな中、皇室史上、初めての恋愛結婚と言われた今上陛下と美智子さまについて、当時の日本の風潮がわかる週刊現代の記事を見つけました。

皇族の自由恋愛に沸き、お見合いだとがっかりする日本国民

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恋愛で結ばれた今上陛下と美智子さまの結婚と対比されているのが、今上陛下のご兄弟である照宮さま、孝宮さま、順宮さま、清宮さまのお見合い結婚。

特に今上陛下と美智子さまのご婚約発表の翌年に婚約を発表された清宮さまのお相手が

島津久永氏だったことについて、国民は心から祝福をしながらも割り切れないものもあったという。

その理由について、以下のように書かれている。

皇太子さまの婚約が明るい皇室の未来を象徴するものならば、清宮さまのそれは皇室が再び古いカラに閉じこもるように思われたからである。

民間からお妃を迎える皇太子さまとマタイトコよりも近い男性を将来の伴侶に選ばれた清宮さまーー天皇家を代表する二つの青春が選んだ恋愛と結婚のスタイルは、日本の皇室の過去と未来を鮮やかに浮き彫りにした。

  

宮内庁の「表」と「奥」

この同時期の二つの天皇家の結婚には、宮内庁の二つの派閥?が動いたようである。

 

皇太子さまの結婚に動いたのは宮内庁の中で「表」と呼ばれる人たち。

旗頭は宇佐美宮内庁長官、彼らは大学(多くは東大法科)を出て高文(「高等文官試験」の略)か公務員試験をパスした秀才。いわば官僚。小泉信三氏なども表に一役買った。

 

清宮さまのご婚約に働いた人たちは宮内庁の中で「奥」と呼ばれ、もとの公卿、華族でほとんどが学習院出身。

こちらの旗頭は徳川義寛侍従。後ろにつくのが旧皇族華族松平信子女子を会長とする女子学習院の同窓会である常盤会の面々。

 

皇太子さまが美智子さまを選んだことで「表」の人の成功になったが、「奥」の反発、批判は大変なもので、次はその中和剤として「表」に配慮しなければという流れになった。

それが、清宮さまのお相手に島津氏が選ばれたことに繋がったと。

 

自由恋愛賞賛は今でも 

現代はこの記事を以下のように締め括っている。

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この度の眞子さま、小室さんのを現実に見ながら、この結論に持ってこれる「現代」の記者の感覚がよくわかりません。

 

秋篠宮さまが眞子さまの自由意志を信仰にも近い感覚で重視していた背景には、美智子さまが「粉屋の娘」とその血筋で批判され、苦労されてきた姿を見てきたからなのかもしれません。

 

紀子さまとの結婚でもご自分は一切、皇族だからという束縛を受けなかったとおっしゃっています。

ご自分の成功体験が、眞子さまの交際相手についても何も制約を貸さなかった理由でしょうか。

 

美智子さまについては、初めて民間から妃殿下になられたということで出自に対する批判、振る舞いについてもいろいろ言われ、かわいそうな美智子さまという論調で語られることが多かったように思います。

 

美智子さまは公務も一生懸命で、伝統の継承にも努力されたことも事実ですし、そのことについては感謝しかないのですが、ここに来て女性宮家の創設を希望されていること、旧宮家皇籍復帰を望まれないことなどを知ると、やはり民間出身の妃の出現は皇族方の対立の構図を生む原因になったと思わざるを得ません。

 

皇室は男系男子の血のリレーで続いています。

男系男子の血を受け継ぐ宮家を排除していては、皇統は守れません。

 

民間出身であることを批判されてきた、そのことで旧宮家皇籍復帰を望まないということであれば、皇室崩壊の芽はあの世紀のご成婚からあったということになってしまいます。